こんにちは、千葉DRONE WALKERの鴻野です。

ドローンが安価になったとはいえ、そう簡単に購入を決められませんよね。ドローンってどんな雰囲気なんだろう?と思った時、脳裏に浮かぶ「トイ(ホビー)・ドローン」。オモチャのドローンですね。

何をもって「トイ・ドローン(オモチャ)」とするのか?定義は難しいところですが、この場では「法律によって飛行が制限されない大きさ(重量200g未満)」であり、主目的が「飛行」であることとしましょう。トイ・ドローンにもカメラなどが付いている機種があります。しかし、このカメラを使って業務などを行うわけではなさそうですから、目的は飛行に絞りましょう。

トイ・ドローンは手軽で良いですよね。高価で手が届かないモノがある時は、それをスケールダウンしたオモチャから考えるのは当然の流れです。模型飛行機の様に…。昔は模型飛行機も高価だったので、厚紙でグライダーなどを作ったそうです。宮崎駿監督の「風立ちぬ」にも出てきました。美しい機体の飛行機でしたね。折り紙の紙飛行機だと、あそこまでは飛ばないのでしょう。と考えて、ふと思いました。

「折り紙の紙飛行機は、なぜあんなにも実物の飛行機に似ていないのだろう?」

紙飛行機は、なぜ本物の飛行機に似ていない?

変じゃないですか?他の折り紙って、不器用ながらも本物に似せようと努力しているのに、紙飛行機は実物の飛行機に全然似てない。ここで仮説を立てました。
紙飛行機が実物の飛行機に似ていない理由…
仮説1.飛行を目的にしたため、本物の飛行機に似せる事が出来なかった。
仮説2.昔の飛行機には、この様な形をしたものがあった。
仮説3.紙飛行機の形状は理にかなっており、後から時代が追い付いてきた(例:デルタ翼機)
仮説4.紙飛行機を最初に作った人は、飛行機を見た事がなかった。

私の中では「仮説1と仮説3のミックス」が有力候補です。さて、調べてみよう…と思いましたが、困ったことに資料がない。Wikipedia先生がこう言っています。(『』内は引用)
『紙で玩具をつくることが始まったのは約2000年前の中国だと考えられているが、紙飛行機発祥の地を正確に説明することはできていない。』ああ、そうなんですか。そしてその次に言っているのは『1859年のイギリスで出版された子供の遊びに関する本には(中略)折り紙飛行機が普遍的な玩具であったことを示している(要出典)』だそうだ。ん?1859年と言えば、ライト兄弟(米)が飛行を成功させた1903年より前だ。これは、もしや仮説4が正解か?

もう少し歴史を掘り下げてみましょう。近代より前、「飛ぶ」という行為は、おおまかに3つのタイプがありました。それは「気球派」「凧(たこ)派」「翼派」です。

翼派だけ悩みがありました。それは自力で離陸出来ないというものです。この離陸問題が新しい火種を生みます。それは「オーニソプターの呪い(勝手に命名)」です。オーニソプターとは鳥の様に羽ばたいて飛ぶ飛行機の事です。空を飛ぶ身近な存在が、鳥か虫かであったので、それを真似したのは仕方のないことです。当時は人間の力で羽ばたいても飛ぶことは出来ない。という事がわからなかったのです。
レオナルドダヴィンチ(伊)がオーニソプターの設計図をかいたのが1490年。人は羽ばたき続け、飛ぶことは叶いませんでした。


翼派は一方で、高い場所から飛び降りるという飛行(いわゆる滑空)を試みました。有名なのはオットー・リリエンタール(独)です。1891年から飛行実験を開始し、成功させたものの1896年に飛行中に墜落、死亡しています。そう、滑空には危険が伴うのです。

歴史には、それ以前にも滑空などを試みてケガをした人や、命を落とした人が多くいました。9世紀頃から記録されていますので、実際にはかなりの命が「飛ぶ」ことを目指して散っていったのだと思います。その中で、こう思う人もいたのでしょう。「小さい模型で実験してから人間をのせよう」と。

模型飛行機こそ、飛行機の原型。という矛盾


紙飛行機の歴史を辿ることはできませんでしたが、模型飛行機の歴史は記録されていました。1804年飛行のジョージ・ケイリー卿(英)がつくった模型グライダーからはじまります。ライト兄弟飛行成功の約100年前ですね。

次に発明されたのは1848年飛行のジョン・ストリングフェロー(英)がつくった蒸気動力模型飛行機です。この蒸気動力飛行機は「完全な飛行ではない」という意見があります。状況や設計図を見ると、蒸気の力で飛行した訳ではいというのです。(ここでは詳細を割愛します)
その次に出来たのはアルフォンス・ペノー(仏)のゴム動力模型飛行機。これは1871年に飛んだことが記録されています。いずれも年代から考慮して、実際に人間をのせる飛行機をスケールダウンしたのではなく、それ自体がオリジナルの機体だったようです。安全だとわかってから人間をのせようと思ったのでしょう。しかし、本当に人間をのせて飛んだのは、ライト兄弟でした。

さらに「グライダー」「蒸気機関」「ゴム動力」という順番も面白いですね。グライダーの次に、どうしてハードルの高い蒸気機関を成功させているのか?むしろゴム動力が後発である理由は何だろうと気になります。もしかすると私たちにとって簡単な技術と思われる「ゴムでプロペラを回す」という発想は、この時はじめて生まれたのでしょうか?

その後、前述したライト兄弟が初飛行(1903年)を成し遂げます。

一方、模型界には革命が起こっていました。1918年にアメリカ陸軍が開発したケタリング・バグという飛行機です。これはリモートコントロールで離陸し目的地まで行けるというものです。これがリモートコントロール機の祖とされています。

このケタリング・バグは「空中魚雷」と書かれることが多いのですが、実物は普通の飛行です。「飛行機爆弾」とした方がわかりやすいでしょう。こう考えるとアメリカって軍事に関してはモノ凄い執念を燃やしますね。人間の初飛行から十数年で無人機を作り上げるのですから。ただ、ケタリング・バグは「模型」と表現するには、ちょっと無理があるかも知れません。しかし無人機をリモートコントロールするという発想が生まれた。ということは言えるでしょう。

模型界は1930年代にアメリカでコントロール・ライン機がつくられます。このコントロール・ライン機は聞き慣れないと思いますが、ある年代以上の方には「Uコン」で通じるようです。模型飛行機を操縦するのにワイヤーを使っているので、コントロール・ラインといいます。これでは飛行機は遠くに飛べないのではないか?と思いますよね。その通りです。操縦者を中心に、コントロールラインの長さを半径に、飛行機はグルグル回るだけです。もちろん操縦者も回ります。純粋に飛ぶことを(飛ばすことを)楽しむ模型です。

その後、ケタリング・バグの「人がのらない飛行機を操縦する」という発想はラジコン飛行機に受け継がれていきます。(厳密には自動操縦技術や軍事的な技術なのですが、この話では割愛します。)日本でも戦後、ラジコン飛行機は多く飛ばされ現在に至ります。その後に汎用ドローンが出現するわけです。

模型飛行機は、何を模したのか?


こう見ると飛行機の模型は、もともと乗用の飛行機を模してつくられたモノではなかったことがわかります。まずは無人機を成功させてから、人の乗る飛行機を成功させた。というのが事実のようです。
いずれ人の乗るドローンが巷にあふれる時代になった未来。人は小さな遠隔操作のドローンを「ドローンの模型」と呼ぶかもしれません。「歴史は繰り返す」という言葉もありますから。
でも、それは違うのだ。そう私は記しておきます。
飛行機の模型は「実際に飛ぶ機体を模したもの」ではありませんでした。どうして模型と呼ばれたのでしょう?ひとつは、飛行機が珍しくなくなった近代以降、模型飛行機というのは実機の模型を指すのが普通だったためと考えられます。この理由が一番説得力があると思います。しかし敢えて言いましょう「模型は人の夢を模したものである」と。なんてカッコイイことを言ったつもりでしたが、そういう意味を書いてある辞書もありますね。

皆様は、どんな夢を描いて飛ばしますか。

紙飛行機に話を戻します。そう、紙飛行機も本当の飛行機より、だいぶ早く飛ばされていましたね。やはり「空を飛びたい」という思いが込められているのでしょう。

私のたてた仮説については、もはや正解がわからなくなってしまいました。
歌に「365日の紙飛行機」というものがあります。人生は紙飛行機 願いを乗せて飛んでいくよ、と言うフレーズがある歌です。

このくらいの値段なら手に入る。そんな思いで手にするトイ・ドローン。
それでも夢は大きいものです。皆様は、どんな夢を描いて飛ばしますか。